所感

比べるのは他人ではなく、過去の自分

今回は、他人ではなく過去の自分との差を比較することについての記事です。

他人と比較することによるリスク

 出来映えや能力等を比べる場合、自分以外の他人と比較することが一般的です。

 これまで、学校での成績、仕事での評価など、数え上げたらきりがないくらい、自分を他人と比べ、または比べられて落ち込み、逆に優れていた場合満足するような経験を皆さんもされたことがあるのではないでしょうか。。この他人と比べること自体、学校や仕事においても、第3者の評価尺度としては分かりやすいものですが、これにこだわりすぎると、他人の考え方に同調もしくは流されて、その結果、自分で考え判断する力が弱くなり、成長する可能性を狭くしてしまうリスクが高くなってしまいます。

過去の自分を直視するのは辛い

 他人と比較し、自分が劣っていることがと分かってしまうと、つい自分で自分を責めて、落ち込むことがあります。私も他人と比較して落ち込むことがあります。しかし単に比較するだけでは、感情的になり、自分を冷静に直視出来なくなってしまうことにつながります。他人と比較することなく、自分を直視するには、過去に自分がしてきた行動を記録しておくことが役に立ちます。人は時間が経つと忘れ、自分に都合の悪いことから目を背けてしまいがちです。勉強することは、自分との戦いでもあります。その時、過去の自分がどれだけ現在の立ち位置から変化しているのか、その差を把握しておかないと、これから自分のどのように成長するのが良いのか、見通せなくなります。

 口で言うのは簡単ですが、私も出来ない自分と向き合うのは辛いです。それは都合の悪いことから目を背けてきた結果が、現在の自分の状況を招いている現実を突きつけられるからです。

翻訳を通じて、過去の自分のレベルが低すぎることを思い知る

 ここまで、抽象的な内容ばかりを書いてきましたので、ここからは具体的な内容を書いていきます。

過去のブログでも書きましたが、翻訳時の文の係りなど、基礎が出来ていないと感じた私は、ここ数ヶ月、下記の書籍を中心に勉強してきました。

「英文標準問題精講」原仙作著_旺文社

「翻訳の布石と定石」岡田信弘著_三省堂

 

 各書籍の例文または練習問題を一文ずつ分解し、それをノートに書き込みながら、文の係りや構文、文法事項を理解するやり方です。

英文を分解し、ノートに書き込んだもの(一部)

 これまで英語をこの方法でしたことがなく、社会人になって初めてしました。学生時代の英語の勉強は、暗記的要素が強く、本当の理解まで至っていなかったことを改めて感じました。

 このやり方で、文章構造についてある程度、理解出来る状態になった後、現在、実践で特許明細書の対訳学習を行っています。主に、次の2点を中心に勉強しています。

1.過去トライアルの見直し

2.自力で翻訳し、公開訳文との差を分析

 

 特に「過去のトライアルの見直し」では、当時受けたトライアルの提出訳文を現在の自分の立ち位置から改めて翻訳した場合の差を分析するのですが、当時のトライアルの提出訳文があまりにひどく、当時の自分が訳出したとは言え、相手に申し訳ない気持ちになってしまいました。文の係りが理解出来ていない、誤訳あり、その当時もそれなりに努力したつもりでしたが、足りないものが多すぎたと、痛感しています。

 この差に気付くことが出来たのも、日々の積み上げてきた結果である、と思っています。まだまだ至らないことが多いですが、改めて、王道の勉強の大切さを感じました。

最後まで、この記事をお読み頂きありがとうございました。